ガンダムの中で、映画版に入らなかったものの、名作と名高いエピソードが「戦場は荒野」です。
未亡人が夫の故郷で子供を育てたいという願いで、ホワイトベースから下船するわけですが、夫の故郷はすでに激しい戦闘で跡形もなく、大きな湖になっていたというお話です。
この回で印象的なのが、人と人の交流。偵察機に乗るジオン兵が母子に救難物資を投下したり、偵察機がガンダムによって撃墜されると、母子がジオン兵を手当したりと、戦争が単純に憎しみや敵対関係だけで成り立っているわけではないことを示してくれてます。
どうしても戦争というとステレオタイプ的に憎悪と敵対意識をセットで持ち合わせて、相手を殺すことを考えがちですが、実際は違います。戦争の目的は人を殺すことではありません。兵器もそうで、すべてが殺人兵器というわけでもありません。戦争の結果、人が死ぬ、戦争行為の結果、人を殺すことになるわけで、この順序が入れ替わってはいけません。
戦争は外交の一手段です。人の命をかけて、人の命を奪ってでも守るべきものがある時に人は戦うのです。
古来、部族間の闘争は基本的に血の歴史です。自分の痛みと相手の痛みがダイレクト、例えば人を殴るというのは殴った人も拳が痛くなり、それが暴力の抑止力になったわけですが、ナイフになった瞬間、自分は痛みを感じなくなります。それが暴力に歯止めをかけない原因ともなっています。人の痛みを知る、それが暴力を考える上で何より必要なことですね。
部族間の闘争の原因といえば、領土、住まいです。人がいい場所に住みたいという気持ちは古来から変わってないわけです。最近は暴力ではなく、富(財産)という力で勝ち取らなきゃいけないので、毎日お父さんはお仕事へいって、お金を得るために頑張るわけですな。なるほど、会社が戦場というのも納得です。
そして戦場は荒野。
バンダイ本社のエレベータはすごいんです。なんと「下に参ります」という声が、アムロ・レイ、古谷徹さんの声で
「下へ行きまーーーーす!!」
と叫ぶんですよ。
エレベータは3機あり、なんでも他にはアンパンマンの声もあるそうですが、アンパンマンといえば戸田恵子さん、といえばマチルダさんですね。
アムロ・エレベータがたまに
「ま、マチルダさーーーーん!!」
と叫んでくれるとかなり嬉しいのですけど。
自宅にエレベータを設置する際は、ぜひ、このアムロモデルを導入したいですね。
地球に降り立ったホワイトベースですが、そこはジオンの勢力圏。いつまでたっても降りられない避難民のイライラは募る一方でした。そして起きたのが、「カツ・レツ・キッカ人質事件」。
この話は第7話「コアファイター脱出せよ」です。
今回の話のポイントは「大人」と「子供」の対比です。避難民の多くは昔地球に住んでいた老人で、死ぬくらいなら地上で死にたい、だから今すぐホワイトベースから降ろしてくれと懇願します。しかし戦闘行為中ですからそんなことは当然できません。ホワイトベース自身が危険にさらされます。そこで避難民がとった行動が、幼い孤児である、カツ・レツ・キッカを人質に交渉するという手段です。
孤児に危害を与えるわけはないけれど、れっきとした人質事件ですね。自分たちのワガママを通すために、他者のことを顧みないのは通常、よく子供に見られる行動です。
一方の若者はといえば、死なないために、避難民の安全を守るために必死に戦っているのです。アムロのセリフにそのことが凝縮されてます。
誰が、自分だけの為に戦うもんか。皆さんがいると思えばこそ戦ってるんじゃないか。
社会性のある、大人のセリフ、行動ですね。自己犠牲の精神、滅私奉公です。
つまりここでは
年寄り=子供
若者=大人
という、年齢とはまったく逆の対比があることを、浮き彫りにしているのです。
一般的には年寄りは大人であることを期待されますが、実際には年だけ食って、中身が子供な人も多いですよね。一人前の大人になれるように、精進したいものです。
そして一人前の大人といえばやはり「マイホーム」。マイホームを建てて、一人前の大人になるぞー、なりたいぞー。
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